望まずして

 

自分が望むもの

どうしても手に入れたいもの

 

皆さんはお持ちだろうか?

 

 

職場でのポスト

惚れ込んでいるブランドの新製品

卓越した能力

そして、他人にとって特別である事

 

 

「俺はポストなんて望んでいない。」

「あいつが抜擢されるなんてどうかしてる。」

 

「ずっと前から予約して初日に受け取りに行ったのに、私より先に持っている人がいた。」

「ブランドに拘ってお金かけるなんて信じられない。」

 

「俺が誰よりもお前の事を想っているのに」

 

 

どうしても手に入れたいものについては、どうも余計な思念が付いて回る気がする。

 

欲しいと思い、そして手に入れた。

 

それだけで本願達成のはずなのに、どこか満たされない。

 

手に入った時点が喜びのピークでその後は下がる一方。

 

 

そもそも「手に入れる」とは?

 

物であれば所有

地位であれば社会的契約

人であれば、、、感情の拘束?

 

 

社会主義的な思想ではないが(見方を変えれば否定できないか?)どうも広い意味での能動的な所有(契約)はどこか息苦しい。

 

 

願わくば

 

いつのまにか手にすることができており

気がつくと十分な環境が整っていて

ふとした時に深い安堵感とともに感謝を覚える

 

こんな状態がイイ

 

 

何かしら自分の元を離れたり、環境が変わっても

それに拘らず、自分自身であれれば自然に環境は整っていく、、、。

 

 

 

半人前故まだまだ理想論だが

 

それ自身に拘る事なく

自然に物なり地位なり人との関係なりが自分を目指してやってくる、そしてその中心に自分がいる

 

いつでも手放せ

全てが自由

 

想像するだけで何でも出来そうな気がする

 

 

、、、だから

私に傅きたい方々は安心して欲しい

来るのも去るのもあなたの自由

そこには何の制約もない

もちろんあなた自身の制約も、だ

 

故に、私は既に傍にいるかもしれない

 

 

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